茨城県常陸大宮市地域おこし協力隊の間瀬です。
一匹オオカミで独自路線を歩むことの多い私、そんな私が『地域のまとまり』を論じていいものかと、冷や汗したたる思いです。
きっかけは、こんな言葉をお聞きしたからでした。
『氏子総代をやってくれる人がいなくて困っているんだ。地域の繋がりが薄れてきてしまっているよ』
※氏子総代 … 神社の祭礼にあたって神職に協力したり、氏子・崇敬者の世話をしたりする。その神社の氏子・崇敬者のうちの「徳望が篤い人物」。
そもそも地域の繋がりが薄れている原因って何でしょうか?
この問題をあまり深く考えたことのない自分がいました。
過疎高齢化が進むと、地域に活気がなくなり、交流も減ってしまう。
漠然とそう思っていました。
交流が減ってしまう理由が過疎高齢化なのか?
これには私の中に違和感が残りました。
高齢化が進んでいようとも、仲が良い人たちは仲が良くて、交流も盛んだと思います。
きっと別の理由もある。
それは何か。
その理由とは『農業の衰退』ではないか。と思うようになりました。
農業をやっていれば、水路の相談とか、隣の畑に迷惑がかからないようにするとか、収穫の時期にはみんなが協力して一つの畑を手伝うとか、交流が生まれます。
農業が生きていくための仕事であり、その仕事のためには必然的に地域一丸となる。
農業は地域の接着剤だったのだと思うようになりました。
農業の機械化により、地域の協力が不要になってきたなどの要因もあるとは思いますが、多くの人が『農業という職業』に従事していた時代、地域全体が法人・企業そのものだったのではないかと思うのです。